2007年07月14日
二千円札と同様、いびつなマネーフローシステムが生んだ、あだ花のようなお話。
相次ぐ1万円札大量発見 何のため? 深まる謎
自己顕示欲だとかゲーム性だとか、その色々理由が指摘されているようですけど、ま、なんとなくその全部じゃないかという気もします。
単にお金が邪魔で仕方がなかったら、裏庭で焼いてしまえば良いわけですからね。
現金を持っていても、自分の人生としてたいして意味をもたない、というような境遇・立場にある人であるらしいということ以外はよくわかりません。
マネー・フローとはいいますけど、お金の流れというのは、あるところでは濁流のようにすごい勢いで、大量かつスムーズ流れていたりする一方、またあるところでは、行き場をなくして目詰まりしていたり、今回のようにトイレや道端に捨てられていたりする。
なかなかちょうどよい具合には、いかないもんですね。
ま、もともと日本国の信用がくっついてくるだけで、精巧な印刷ではあるけれども紙きれといえば紙きれですから、そういう目でみると、やった本人としては、こういう行為もわりかし平気な心持で、行えるのかもしれません。
結局、おカネに限らず、世間的な価値観として非常に大事だとされているものを、大事にしない人はいつの世にもいるわけで。
そういうのを痛快に思ったり、あるいは遠回しに、今の拝金主義的に傾く世の中への抵抗を示す意思表示として、行っているのかもしれませんね。
それにしても拾得物として届けられた現金が、139億円もあるとは驚きです。
ひょっとしたら表に出せない大金なのかもしれませんが、トイレに紙包にして置いてくるくらいなら、養護施設への寄付などごく普通のやり方で、お金を世の中の流通システムに戻してあげれば良いのにとも思うんですが。
人間と同じで、世の中に出るべきタイミングで、ごく自然なかたちで流通することがかなわない紙幣もたくさんある、ということですね。
立場は違えど、国庫に膨大に眠っている二千円札と、なんだか似た境遇ですなあ…。