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2007年09月20日

夫婦や家族の会話は、閉鎖的なところに価値があると思うのだが。

ともさか夫妻、コミュニケーションはネットで

夫のブログに、めったに会えない妻が、コメントを書き込む。

メールでやらずに、双方のファンやメディアも巻き込んでブログでやりとりすると、確かに取材したりされたりの手間は、はぶけますよね。

この場合は、二人とも芸能関係で、私生活も多少オープンにせざるを得ない立場でもあるので、こういう話題が成り立つんでしょうし、ホントに大事なことだったらなにもブログでやりとりすることもないわけで。
煎じ詰めればこれもネタ、ということで終わる話なんでしょうけど。


でも芸能人夫婦ならともかく、最近は一般の人でも、夫婦や家族の結構深刻なやりとりを、ブログを開設してオープンにする人が、増えてますよね。

離婚調停の進行についての実況中継的なものとか、パートナーの浮気を調査して問い詰めるルポ的な内容のブログとかで、結構夫婦間のディープな内容を書いているものもありますね。

名前が出てないから、かろうじてプライバシーが守られている、という状況で。

誰が何をどう書こうと勝手、と言ってしまえばそれで終わりですが、そういうブログを見ると、夫婦や家族の会話と、赤の他人との会話の、境界線みたいなものが無いことをなんとも思わない人たちが、結構増えているんだなぁと、感じますね。

で、こういう記事を読んで、そういう夫婦間のコミュニケーションもアリ!って思う人が、また拡大再生産されて増えていくんでしょう、きっと。


夫婦や家族の間でしか話題が成立しないという閉鎖的な世界があるからこそ、そこには価値があり、そういう世界を共有しているという自覚がお互いにあるからこそ、その絆が強まる、というものかと思ってましたが、やっぱりそういうのは、ちょっと時代遅れな考え方なんでしょうか。

ネットに自分からアップしてしまえば、他所様の夫婦や家庭内をのぞき見ることなど簡単に出来てしまうこういう時代に生きていると、自分でよほど注意しないと、夫婦とか家族とかいった最小構成の共同体と世間を分ける境界線に対する感覚が、どんどん鈍感になっていきそうな気がします。

人様はともかく、自分としては引き続き、閉鎖的なコミュニケーションを大切に取り扱いたいものだと、あらためて感じさせてくれる記事でした。

 


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