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2008年07月10日
ご当地検定、「試験をする」という発想そのものを変えてはいかが。
ご当地検定、信州でやってみたら合格者はいずれも県職員だった…というオチの記事ですね。
産経新聞、このあとに本当は皮肉をいってやりたいのを、グッとガマンしている…そういう気配がしっかり伝わってきて、短いながらもなかなか印象的な記事、とみました。
信州検定1級に3人合格、いずれも県職員 長野
ご当地検定に限れば、どこ地元の街おこし・観光振興が狙いなんでしょうが、地元の住人が合格せずに県職員だけが合格する構造がいつまでも続くようなら、試験のキャラも、だんだん準公務員試験みたいに変質していくんでしょうか。
もし地元の観光振興などに役立てるのがご当地検定の狙いなら、あまり変に難しい問題を入れて難しくしてやろう…などとは、思わないほうがいいんじゃないですか。
変に試験としてのステータスをだしてやろうと試験担当の職員などが色気づくから、とんでもない細かい知識を試すような難問を、ところどころに入れてみたりする。
個人的にも受験したことがありますが、いまのご当地検定って、わりとそういう傾向が垣間見える気がします。
地元の人にこれだけは知っていてもらえるなら、友人が観光にきたときに適切なおもてなしができるだろう…くらいの問題水準で、そろえるべきですよね。
それならば別に全員合格だって、いいじゃないですか。
むしろ草の根観光マインドの広がりということで、喜ばしい話だと思うんですけどね。
試験であって試験ではない、試験の概念をぶち壊す…くらいの意気込みでやるご当地検定が、でてきてほしいものです。
この記事のように、公務員以外は誰も受からない試験がこの先どういう末路をたどるか、試験を推進する側は、よく考えてみるいい機会ですね。
ま、いっそもっとグロテスクにこの方向で進めて、「公務員でなければ絶対に受からない、幻のご当地検定」となるまでにキャラを煮詰めてしまうのも、一法かもしれませんが(笑)。
ちなみに、こういったご当地検定や民間の検定ブームをみて、文部科学省がいま考えているらしい「試験の質を保つための、第三者評価機関の設立」というのも、正直いらないと思いますけど。
それならいっそ、検定試験そのものを厳しく審査して、いいものは公的資格くらいまで格上げするほうが、安上がりでいいんじゃないですかね。
その第三者評価機関とやらにいくらつぎ込んで何人送り込むんだ、また新たな天下り先の確保に動くのか?と、一国民としてはつい、警戒してしまいますが。
受験料狙いとか不正合格とかあんまりヒドイものがでてきたら、通常の刑事事件として個々の摘発事例を厳しくしていけばいいし、むしろメディアや国民生活センターとかにがんばってもらうほうが、いいんじゃないですか。
ご当地検定や「ネタ」的な検定は、その始まりからしてかたよった意図をもってつくられているんですから、「第三者の公平な評価」というものがそもそもなじまないような気がしますけどね。
2008年05月03日
「ペット同伴OK」の普及が、国内旅行市場復活の起爆剤になるかも。
<ペット同伴旅行>新サービス続々 犬用ルームサービスも
国内旅行マーケットがあまり盛り上がらない昨今、いまだペット同伴OKの宿泊施設が、まだ全体の「5~6%」程度しかないことのほうに、むしろ驚きましたが。
ホテルや旅館・ペンションなど、旅行需要掘り起こしのための努力がまだ不足している、ということを示す、ひとつの好例かもしれませんね。
記事を読んでいると、犬の食事を豪華にするとか、犬と一緒に露天風呂に入れるとかいった、わりに「高級サービス」で飼い主と犬をもてなす試みが活発のようですが、確かにこういったサービスだけしか展開の余地がないなら、そりゃできる施設は限られてもくるでしょう。
犬と人が一緒の風呂に入る場合など、迎えるホテルなどもやはりそれなりの投資をして、環境を整えなければならない面もあるでしょうから。
でも、たとえばペットを飼っているいわゆる「お一人様」で、単純に「愛犬や愛猫と二泊三日くらいで、気分転換に遠出したい」と思っている層は、全国どこであろうと、意外に多くいると思うんですよ。
しかしたいていは、ペット同泊できる施設が無いか、あるいは予算的に高くついてしまうから、あきらめてしまうというか、その気を失ってしまっているんじゃないですかね。
若い世代なら、ネットでペット同泊可の施設を自力で調べだしたりするのだろうけど、一人暮らしの40~60代くらいの年代で犬や猫と住んでいる方なんかは(そういう人はかなりいると思うのですが)、ペットがいる場合、自分が遠出する旅行なんかは、かりに思い立ったにしても、比較的簡単にあきらめてしまうんじゃないでしょうか。
ペットと一緒にいることを優先し、自分の楽しみは後回しというか。
ペットを犠牲にしてまで、自分だけが楽しみたくない人が案外いる、と言うべきでしょうか。
これで失われている潜在的な旅行需要って、結構大きなものがあるんじゃないでしょうかね。
むしろそういう層が、ペットと一緒にちょっと小旅行に出られるようなことが気軽にできる環境があれば、自分たちにとって何よりいい気分転換になるだろうし、旅行業界だって盛り上がってくるだろうし、メリットが多いような気がします。
だから、ペットが一緒に動ける環境さえ比較的身近にあるなら、ちょっとした小旅行を考える人は増えてくると思いますね。
記事内にあるようなペット専用設備を無理に用意せずとも、宿泊施設のあるペットホテルと提携して、ホテルに送り迎えしてくれる移動式のペットケアサービスと組み合わせるとか、知恵を絞れば、ごく普通のホテルや旅館でもペットと一緒に旅行を楽しむためのメニューが何かしらつくれると思うのですが、どうでしょう。
もちろん、他の動物嫌いの宿泊客との兼ね合いや、共用設備や部屋の汚れが増すのをどうするか、とか、いろいろと解決すべき課題はあるでしょうけど。
でも現実にペットと泊まれる施設がある以上、やっぱり既存の宿泊施設としても知恵を絞る余地は、まだあちこちに残されているような気がします。
2008年04月12日
長寿医療制度、混乱が生じている「真の」理由はここにある。
<長寿医療制度>あて先不明などの保険証、6万3468人分
メディアは、「長寿(後期高齢者)医療制度」という使い方で、当面は用語統一することに決めたのでしょうか。
「後期高齢者」という言い方が失礼だ、という批判があったことから「長寿医療制度」に変更されたように記憶していますが、併記ではあんまり意味がないかもね(笑)。
それはともかく、保険証が届かないとか、間違って捨ててしまったとか、今頃新制度についての問い合わせが、市町村窓口などに殺到しているという記事です。
いま、市町村の窓口担当者が内心もっともおびえているのが、4月に最初の年金から保険料が天引きされる4月中旬に、「なんだこれ、年金が少ない!」と問い合わせてくる高齢者からの照会が激増することだそうです。
制度開始後2週間たった今ですら、毎日息をつく暇も無く、担当者は百件単位の問い合わせ対応に追われているそうですから、心配するのも当然ですね。
思うのですが、この制度の名称はともかく、自治体(市町村)がこの制度の告知に努めてなかったかというと、採点が甘いかもしれませんが、個人的には、まぁまぁよくやっていたような気がするのですよ。
市役所とかには山積みのパンフレットやポスターがだいぶ前から貼ってあったし、市の広報誌にも数ヶ月前から掲載されていたし、たとえば病院のロビーにもポスターが貼ってあったし、2月に入ると関連新聞記事も、結構たくさん見たような気がします。
さすがにテレビコマーシャルまでは見ませんでしたが…政府広報のCMとかはあったのかな?
今回、「制度の周知徹底が不十分だった」という点が糾弾されていると思うのですが、上で書いた事例のようにPRではわりと頑張っていたように見えたので、前期高齢者となる母に雑談がてらに話したところ、「お年寄りに新しい情報を伝えるときは、そんなやり方じゃあ全然ダメ」なんだそうです。
とにかく歳をとってくると、世の中の動きに関心をまったく示さない、テレビも見ないし新聞も読まない、という層が、もうかなりいるそうで。
最終的には直接出向いていって、目の前で本人に話して伝えるくらいのことをしないと、新しいことなどは、まったくもって伝わらない可能性が高いお年寄りというのが、世の中には存外多いんだ…とのこと。
うーん、そうかぁ…と思いましたね。
ま、むろんそうじゃない方もたくさんいるのでしょうが、「保険証を捨ててしまった」とかいう騒動が全国的に発生している事態を考えれば、なんだか非常に説得力のある意見のような気がするのですが。
そうなると、今後高齢者の方を対象にした制度変更をするときには、広報のやり方から根本的に変えないと、トラブルの事後発生などは、あらかじめ約束されたようなものですよね。
トラブルを避けるとなると、たとえば市内の対象高齢者一人一人に、市役所が電話をかけるとかするより他にないですが、そうなると広報コストが激増してしまいますし、現実にはこれもなかなか難しいですよね。
やはり、自分が見たり聞いたり、新しい情報や製品に触れたりするときの感覚を基準に考えていくことというのは危険なことなんだなァ…と、ある種教訓的に感じた次第です。
2008年04月07日
自賠責の立替回収、もはや回収専門のプロ組織を立ち上げるしかないのでは。
自賠責、立て替え20億円が回収不能 雲隠れ運転手や妨害で
自賠責の国の立替分の回収不能額が、4年間で20億円とのこと。
報道で見てはじめて国民が気づくこの手の不良債権って、世の中にまだまだたくさんあるような気がしてしまいます。
このままの体制で回収を続けるとするなら、また4年間で20億円以上は焦付き債権が積みあがる…といわれているに等しいですね。
この回収不能分も、回りまわってまた、国民の税金にはね返ってくるわけでしょうか。
記事を読んでいても、国土交通省の職員がおっとり刀で回収に向かったところで、なんだかとてもダメそうな雰囲気プンプンです。
やっぱり回収ノウハウをきちっともったなんらかの組織が、必要なんじゃないでしょうか。
自己破産されてアウト…というのはまだわかりますが、ドライバーの夜逃げくらいだったら、プロがみっちり時間を使ってあたれば、それなりに逃亡先を特定して捕まえるノウハウというのは、あると思うんですがね。
行政の職員だからとてもそこまで手が回らない、という理由のほうが、大きいような気がするのですが。
ここはひとつ、元消費者金融の回収部門のノウハウを持った方や法務のプロを集めるなどして、回収専門の組織を、国土交通省の傘下につくる…というのはどうでしょう。
もっとも、取立てが厳しすぎて社会問題化したり、あるいはお役人の天下り組織に化けてしまわぬよう、社会的監視を強める必要はあるとは思いますが。
あんまりこういう事態が野放しとなったままだと、加害者が逃げ得という風潮すら出てきかねませんね。
ましてや回収妨害など言語道断ですし、関連法も整備しなおす必要もあるのではないでしょうか。
2008年04月03日
退職までの「2年間の差」は、同業内転職と異業種転職の意識の差?
仕事で一人前になるのに何年かかる?―25歳と50歳で差
調査によれば、今の25歳が「一人前」になるまで、何年必要かと問われて「3年」と回答する人がもっとも多く、現在50歳の人に25年前のことを振り返ってもらうと「5年」と回答する人が多いとのことです。
この「2年間」の差は、時代背景や就職環境の違いもあるんでしょうけど、どちらかといえば「50歳の人」寄りのわが身の立場から言わせてもらえれば、「一人前」という言葉に対する世代的な感覚の違いがもたらしたものじゃないでしょうか?
「50歳の人」が転職という言葉を昔のイメージでたぐっていくと、「同業他社」への転職が、どちらかといえば最初に頭をよぎるんじゃないでしょうか。
新入社員で入った会社で身に着けた技術やスキルを、ステップアップのための土台というか武器として売り込むためには、最低5年くらいはかかるだろうと。
自分の頃ですら、他業種転職はまだまだメジャーではなかったような気がしますので。
転職前に自分の技量を先に値踏みしがちというか、その目処を内心ある程度はつけてから、転職に踏み切る傾向が強かったような気がします。
しかし今の人たちは、そもそも異業種転職をはじめから全面的に肯定しているというか当たり前と考えているので、前の会社で培った技術をベースにしたステップアップという発想が、そもそも昔にくらべて乏しいんじゃないでしょうか?
むしろ、この3年は「社会人としてのしきたり・ルール」を身につけるための期間、くらいの感覚が強いんじゃないかと。
かたや、最初の会社で培った技術がなんとか他所でも売り物としてつかえるようになることが「一人前」。
かたや、普遍的な社会人としてのルール、ビジネスマンとしての勘所を身につけることができるようになることが「一人前」。
この「一人前」という語に対する感覚の違いが、それを身につけるまでの年数の差・ズレとなる「2年」としてあらわれたのではないか…と思った次第です。
2008年03月14日
25年後の超高齢化で、世の中の景色が、根本的に変わりそう。
世帯は「独り暮らし」が主流に=75歳以上、25年で2倍超-厚労省研究所推計
厚生労働省の機関がまとめた結果によれば、2030年には、一人暮らし世帯が全世帯の37%に達し、そのうち75歳以上は現在の2倍以上となるそうで。
25年後というと、生きていれば自分もほぼこの仲間入りしているはずなので、なんというか、ドヨーンとした気持ちになってしまいますね。
高齢者が一人でずっと家に閉じこもっているのが将来のごく平均的な姿ですよ…って言われているようで切ないです。
国としても、一人暮らしの高齢者が、そんなに増えると介護行政は、施設数が追いつかないから在宅介護中心でやらざるを得ないだろうし(その前に年金財源は大丈夫か?とも思いますが)、今すでに問題になっている「老老介護」すら、自分以外に誰か看てくれる人がいるだけ、まだましだった・・・と言うことにすらなりかねませんね。
孤独死がメディアの記事にまったく載らなくなるのが、当たり前の時代がいずれやってくるのでしょうかね。
私見ですけど、一人暮らしというのは、やっぱり健康で足腰がしっかりしている人のためのライフスタイルだと思うんですよ。
体のあちこちが悪くて、テレビだって長いこと見ていると疲れて、パソコンなんか細かい文字がキーボードを見る気もしない高齢者にとっては、誰か他の人とおしゃべりしたり食事したりするのが、生きることの中心になってくると思うので。
こうなると外を歩いたときなどのこの国の景色が、ホントに変わってしまうかもしれませんね。
すでに地方では、その兆候ははっきり出てきていますが…。
せめて25年たつまえに政治がある程度手を打って、お年寄りが家の中に閉じこもらないですむような社会的インフラが、今よりはもうすこしたくさん出来ていると、よいのですが。
…というより、他人事みたいにばくぜんと願ってるだけじゃなくて、やっぱり自分なりに高齢者福祉に関心をもって、コミットしていかなきゃいけないんだろうな。
2008年03月10日
がん情報をごく自然に共有する日本社会の成熟も、評価したい。
<立花隆さん>がん手術の手記を「文芸春秋」で発表
立花隆さんが、ぼうこうがん手術の手記を発表されたそうです。
少し前の逸見政孝さん、そして筑紫哲也さん、そのほか何人ものジャーナリストや著名人の方が、自らのがんを告知し、それを公の場に共有情報として提供し、メディアを通じて伝えられることによって、多くの人の励みになっています。
ジャーナリストとしての職業的使命感からか、自分の身体を提供してできるだけ客観的に情報を世間に知らしめようとする行為は、普通の人間にとってはなかなかできないことであり、その姿勢には素直に感銘を受けます。
こういうのはたとえれば、自分の腹部がきられるような手術の進行状況を、モニタで画面をみながら、人に解説していくようなものじゃないでしょうか。
がんにおかされていく自らの身体を、自身の恐怖感を押し殺しながらつとめて冷静に客観的な目をもって情報提供しようとするジャーナリストの方が増えていることは、やはりそのような情報をきちんと受け止めようとする社会の一人一人の存在を信じてこそ、その行為が最大限に意味をもってくるのだと思います。
想像ですが、これが50年も前ならば、自分の身体の中で進行するガンを、情報の受け手となる社会と共有して考えていこうとする発想は、ジャーナリストの中にもなかったんじゃないでしょうか。
どちらかというと、「私事で仕事ができなくなって、世間の皆様に申し訳ない」といった、自分のことと社会とを切り離す姿勢が、支配的じゃなかったかと思うのですが。
そのような時代は、まだ社会の側も、がん患者を客観的にひとつの対象としてみがちで、社会や自分とその思いを共有する感覚が、まだまだ無かったのではないでしょうか。
しかし、これだけ闘病の記録を社会と共有しようとする著名ジャーナリストが増えてきているということは、彼ら自身の気持ちももちろん尊いわけですが、それだけ日本の社会が精神的に成熟してきていることを示しているような気がしてなりません。
がんと闘う人たちの気持ちを、この日本に生きるひとたちがいくらかでも自分のこととして受け止め、社会とのかかわりをそこに見出して、自分なりに社会に問いかけをすることによって、なにがしかの進歩を願う気持ちを共有する。
そういった声なき声が、この何十年間かで少しずつ社会に定着してきているのだと考えたいです。
日本は先進国ですがさまざまな問題も抱えていて、連日メディアでそれらが報道され、この国の先行きは大丈夫かな、と不安になることも、おそらくは少なくありませんよね。
しかし、こういう確かな成熟の証を感じる瞬間もあって、こういった感情を共有できる素地がある今の日本は、やはりなかなか成熟した国であるのだなと、思うのです。
2008年02月21日
メタボのアンケート回答、その精度はかなり低いのでは。
40代男性が危険 6割以上がメタボを自覚
ネットアンケートで、回答者のほぼ半数が、「自分はメタボリックシンドロームか、その予備群だと思う」として、メタボを自覚しているという記事です。
メタボリックシンドロームって、ざっくり言えば「内臓脂肪型肥満を要因として、ひいては心臓病や高血圧、脳卒中などが引き起こされる状態」ということらしいですけど、ということは、回答者のほぼ半数はいずれ高血圧とか心臓病に自分がなるということを、懸念しているわけですか?
ホントに? ホントに半数近くの人が、メタボにより引き起こされるとされるそういう重い病気の発症を心配しているんでしょうか。
それに、「メタボ」と「メタボ予備軍」の違いって、自分なりに理解したうえで、回答されているんでしょうか。
私は、実はまったく不勉強で、この二つの違いがわからないんですよ。
それにメタボリックシンドローム自体、どうもいまいち定義がはっきりしないという話もあるようですし。
単なる高血圧ではなく、「メタボによって引き起こされる懸念のある」高血圧を皆さん心配されている、という意味になりますよね?
推測するに、ネットでポンと「あなたはメタボないし予備軍ですか?」と尋ねられたら、多少とも「太り気味だな…」と思っている人は、もうそれだけで、少なくとも自分は予備軍だと考えて「ハイ」とやってしまうんじゃないでしょうか。
つまり、「メタボ予備軍=太りすぎ」くらいに考えて回答している人がほとんどなんじゃないか?と個人的には思うんですけど、どうでしょう。
肥満とメタボ(予備軍)って、決してイコールじゃないですよね。
思うに、この調査が肥満についてのアンケートなら別にいいんですが、メタボについてということなら、回答者がはっきり自分がメタボ(ないし予備軍の)兆候に該当するというある程度の確証がもてるまでに、ちゃんとアンケートの設問を細かくして、回答前にガイドするべきだと思うのです。
ないしはアンケート開始前の導入で、メタボとはこういう症状の該当者をさす、メタボ予備軍はこういう状態の人を言う、とはっきりモノサシを置いてから、それにしたがって回答するように指示するべきだと思うんです。
そうすれば、「半数近くがメタボを自覚」という結果までは、たぶん出なかったんじゃないかと思う。
これは「半数近くが肥満傾向を自覚」なら、このアンケート結果は正しいのかもしれませんけどね。
ま、要するに、調査としては、やり方も結論もちょっとアバウトにすぎるんじゃないかな?という感じを持ったのですが。
こういう対象の定義が不明確なものに対しての調査とやらの結果が、メディアの見出しに乗って一人歩きしていくことで、メタボというものがよく理解されないままにどんどん広まってしまうのは、いかがなものかと思います。
2008年02月18日
e-Tax、今のままじゃとても、使う気までは起きませんが…。
<確定申告>受け付け始まる 池脇千鶴さんは「e-Tax」
確定申告のシーズンということで、税務署(国税局)も、いつものようにカワユイ女優さんをまたまた出動させ、アピールに余念がありませんが。
特に、力を入れているe-Taxでは「(作業が)あっさり終わりました。」とまで、言わせましたね(笑)。
「初挑戦」っていったって、そりゃ数字を二つ三つ入力してボタンを押すくらいまで、周りがバッチリあらかじめ整えてくれているでしょうから、あっさりも終わるでしょう。
「初挑戦」といわせるからには、到着するまで一ヶ月近くかかるといわれるe-Taxの開始届出書の記入とか、ICカードリーダを数千円かけて量販店に買いにいくそもそものところから、テレビカメラで追っかけてもらいたい…などと、ついツッコミたくなってしまいます。
ところで、このe-Tax、自分の場合はウェブの説明ページをみて、あっさり断念しましたよ。
こりゃ自分でボールペンで申告書書いたほうが、まだゼンゼン早いと思って。
個人的に腹がたつのは、なんといっても「ICカードリーダ」を買わなくちゃならん…ということですね。
いま、e-Taxはじめたら特別に5000円くらい税額控除してくれるらしいですが、この購入代とおぼえる時間コストを考えたら、ほとんどトントンか、赤字のはずです。
お役所としてはこのe-Tax、国民の所得補足のためにも、なにがなんでも普及させたいんでしょうから、導入はもっと超カンタンでやさしいものにするべきだったのに。
インストールして、名前と本人確認、住民番号くらい入れたらすぐ使えるよ、くらいまでソフトやシステムを詰めきってからスタートしないと…って、もう始まっちゃったし、言ってもしょうがないですか。
ということで、これからも個人的には、「e-Taxを使わなければ脱税とみなす」といった法改正でもされない限り、手作業で書いて、バスに乗って確定申告会場に行こう…などと思っている次第です。
2008年02月16日
JAL、国交省よりも先に、ちゃんとお客のほうを向いてよ。
軽食入りのカート トイレに押し込む 日航機、離陸後そのまま提供
JALが、乗客に出す軽食の弁当が入ったカートを、トイレに押し込んだまま離着陸して、そのままお客に食事として出していたとのことで。
ま、このお話、JALサイドを弁護するわけでもないですが、その気持ちも正直わからなくもないです。
この報道によれば、以前にも収納が間に合わなくて、乗務員がカートを手で押さえたまま空港に着陸して、国土交通省に注意されたらしいですから。
推測ですけど、今回トイレに機内食のカートを押し込んだ乗務員の人たちは、前回のこの事件を知っていたか、あるいは経営サイドから、事例としてそういうことのない様にと、あらかじめ注意されていたと思うんですよね。
だから、マズイと思って、とっさの判断で、トイレに食事カートを押し込んだんじゃないでしょうか。
でも、あとでこのニュースをみたお客はやっぱり気分が悪いでしょうねぇ。
衛生上はたぶん問題がないんでしょうけど、どうしても感覚的にイヤでしょうから。
あえて言えば、JALはカスタマーファーストの感覚というか、もう少しお客のほうを向いて判断するような気風を、もっと社内に根づかせていくようにしてほしいものですね。
たぶん乗務員がとっさに思ったのは、「どこでもいいからしまわないと、国土交通省に怒られる」ということだったと思うんですよ。
だからこそ、こういう判断をとったんじゃないですかね。
ここでとっさに、「トイレにあった食事を、お客に出すなんて申し訳ない」という、ある意味で「常識的な判断」が最初にくれば、国交省に怒られるのを覚悟で、カートを手で押さえるほうを選んだんじゃないかな?とも思うんですけど、どうでしょうか。
ま、今回の事件には、いわゆる悪者はいないような気がしますが、少なくとも航空会社には、まず国交省じゃなくて、先にお客のほうを向いてほしいな~とは、思った次第です。
大学側が合否処理ミスで失うのは、来年の受験予定者。まさに因果応報。
専修大入試で判定ミス=延べ944人追加合格
大学の出題ミスのニュース、最近は比較的よく見聞きするような印象がありますが、今度は採点ミスによる合格者の不合格処理と、追加合格の発表があったとのことです。
出題ミスよりもさらに罪が重いのが、合否の判定ミスだと思います。
なんといっても受験者の受けるショックが大きいし、複数の大学をかけもち受験しているでしょうから、本人のその後の全体の計画だって狂ってくることでしょう。
それに、仮に自分が受験生だったら、後から「不合格といったのは間違いでした、入学を認めます」と言われたところで、そんな採点ミスをするような大学には、正直言って、行きたくはないですよ。
この問い合わせをして追加合格となった受験生のうち一体何人が、そのままこの大学に入学したのか、できれば数字を発表してほしいものです。
受験シーズンにいる受験者が、どれくらいナーバスな心理になっているかということに対して、結局のところ思いが至らないんでしょうね。
このニュースで、すでに来年ここを受験しようと思っていた人たちを、幾人も失っているかもしれないということに、果たして気づいているでしょうか。
受験生の一生にかかる問題をデータミスで片づけて、他大学の入学金を負担するから許してね、で済まそうとする姿勢では、入学してからの学生への対応だって心もとないように思います。
電算処理は量が多いからしょうがないにしても、サンプルで何十点か抜き出して採点の正誤を人為チェックするといったダブルチェックなら、対応可能だと思うのですが。
他大学に対しての警鐘となる効果も期待できることですし、単なるお詫びの告知や金銭補償の問題だけで済ませず、人為チェックをどうかませていくかなどについての再発防止策を、大学側として発表してほしいものです。
2008年02月06日
転売目的が多いはず、古本処分を考える大学や図書館は教訓にすべき。
無料図書1万6000冊に市民殺到 県立図書館が一時大混乱
大分市の県立図書館で古い書籍1万6000冊を無料配布したところ、千人を超す市民が殺到し、交通渋滞も発生する大混乱となったというお話で。
前回は不人気だったとのことで、図書館側としても完全にたかをくくっていたところ、予想外の大人気だった…ということですが、なんだかイマイチ、いい気持ちがしないニュースです。
以前、愛知教育大学でも古本を売り出したところ、申込みが殺到したという記事もありましたが。
世の中、そんなに本ばかり読みたい人で、あふれかえっているわけがないですよね。
それだったら、昨今の出版不況などはないでしょうから。
しかも、ほとんどが古書でしょう。
来訪者の中で、愛好家はごく一部と考えるべきでしょう(こういった、本当に古本を集めるのが好きな好事家たちが、実は一番割りをくったのでは…)。
これはもう、かなりの人間がネットオークションその他、せどりを目的とした転売を考えて掘り出し物の仕入れに来た…と考えて、ほぼ間違いないと思うんですがどうでしょうか。
そうじゃなきゃ、交通規制をやるほどに混乱するわけがないですからね。
ま、それ自体は悪いことでもなんでもないのですが、今回の混乱は、おそらく事前にこのような予測がつけばある程度避けられた事態であることは、間違いないですよね。
このような古本処分の企画を考えた大学や図書館側は、本に関わる時間をちょっと減らして、ネットのヤフオクとかをもうちょっと見るようにしたほうがよいかもしれませんね。
要するに、大量の古本の無料配布を行うにしては、そのやり方がナイーブにすぎるという気がします。
この事態は、今日の中古本市場などを見るに、こういうイベントを企画する側としては、ある程度事前に予測しておかなければならないと思うのですよ。
事前に市民にアンケートなどを、サンプルでとってみるとかね。
どのくらいヒシヒシとした要望があるかなどは、事前の感触としてつかめるでしょう。
これからも大学や短大の閉鎖・規模縮小がどんどん行われる可能性が、日本全体の問題としてある以上、それらの図書館から同じように、古本の格安・無料処分もまた、行われる流れにあるはずです。
同じような事態が、今後も起きる可能性があるということですね。
結局、もし大学自体の運営がたちゆかなくなれば、どこも図書館だけを分離して残すということは、難しいようですね。
市立の図書館などは、どうも置き場所がなくて、あまり多量に引き取れないところも多いようですので。
だから、同様のことを考えている大学・短大・図書館などは、あまり人もこないだろうと甘く見ていると、今回と同様の事態が引き起こされる可能性はかなり高いんじゃないかと思います。
今回のケースを他山の石として、できれば本当にそういった古本を大切にしてくれる人の手もとになるべく渡るようなやり方を考えてから、こういった無料放出を行ってほしいものですね。
2008年01月17日
防災教育は「学校で子供だけ」じゃなく、家族単位・地域単位で教えるべき。
防災教材、都道府県・政令市の半数が作らず…本社調査
都道府県の半数以上は、「防災教育」のたの小中高校の児童・生徒用の教材を作成していない、という記事ですね。
阪神大震災の教訓といっても、全国レベルでみるとこの程度…という警鐘ではありますが。
確かに、学校で子供たちに防災の具体的なやり方についての基礎知識を与えることは大切で、これはこれで、進めるべきことでしょう。
しかし、問題は、そのような教育によって子供たちの心に「防災の大切さ」が芽生えたにせよ、今の家庭や地域がそれをさらに育む状況になっているかどうかでしょうね。
子供が「ウチも、非常用のお水や食料を買って備えておこうよ」と学校から帰って母に言ったときに、「今月も家計が苦しいんだから、ダメ!」とあっさりNOと言ってしまうようでは、たぶん子供だって、防災というものはその程度のもの、という誤った観念を持っちゃうでしょうし、せっかく灯した防災へのマインドが消えてしまうかもしれません。
だから、子供に教えるなら、家庭や地域の自治会とも連動するようなかたちで、自治会長さんに授業にでてもらうとか、あるいは防災マインドのしっかりした家庭のお父さんお母さんに出てもらうとか、「お金をかけずにできるわが家の防災」といった現実に即したカリキュラムにするとか、単に教材を作るつくらないだけに止まらない、実際的な、有効に機能するであろう教育レベルまで踏み込んでほしいものです。
あと、罹災後の行動についても、できる範囲で教えてほしいですけどね…「災害後にどう対応するか」といった行動様式なんて、普通の大人だって知りませんからね。
阪神大震災の教訓を活かした、以下のようなよい本も出ていますし、教材化だってそんなに難しくないはず。
大震災サバイバル・マニュアル―阪神大震災が教える99のチェックポイント (朝日文庫)
災害時の社会的・経済的損失を減らし、被害にあった人たちの心の痛みを少しでも和らげるためにも、教育対象は子供たちのみならず家族・地域まで範囲を広げるとともに、教材だけにとどまらない独自の応用プログラムとすることが必要だと思う次第であります。
2008年01月06日
住基カード、いっそ身分証明資料からはずしたほうが話が早い?
偽造住基カードで口座など不正取得、悪用50件に上る
偽造住基カードが、携帯電話や銀行口座の不正取得に悪用されるケースが、どうやら全国的に拡がっているようです。
総務省が緊急対策に乗り出した…って記事のなかにありますが、どう考えてもこの場合の対策って、「不正利用が難しくなるよう、住基カードのデザイン強化」ですよね、方向的には。
今も幾何学模様を背景に入れたりしてますが、偽造を防ぐという観点からカード設計の強化を図るとなると、また余計なコストが、結構かかってくるんじゃないでしょうか。
それにパスポートや免許証ですら、偽造テクニックがかなり高度化している現状ですから、そもそもたいした造りでもない住基カードなど、多少の偽造対策を施したところで焼け石に水というか、犯罪団とのイタチごっこの世界に入っていくのが、オチじゃないでしょうか。
そういう危険をはらみながらも、偽造防止対策のために、今後いったいいくら追加予算を計上するつもりなんでしょう。めぐりめぐって、税金なのに…。
住基カード、現在は写真の入っているものだけが「身分証明書」として使えるようですが、いっそ「住基カードは、対外的身分証明書としての使用は認めない」と全国的に通達して、その普及をはかるほうが、話が早いんじゃないでしょうかねぇ。
そもそもが、このカードは普及率が当初の思惑からはずれ、低いままですし。
パスポートや免許証など、ごく普通の人でもパッとイメージがわくようなものだけを身分証明のために使えるものとするほうが、犯罪への利用抑止の観点からもよいように思います。
身分証明がない、パスポートも免許もないお年寄りなどは、必要な都度お役所で身分証明書を発行してもらうようなシステムに切り替えていくほうが、いいんじゃないでしょうか。
日常生活で、そんなに自分の身分を証明せざるを得ない機会って多くないはずですから、そちらのほうが安上がりだと思いますが、どうでしょうねぇ。
それとも、人って、何かしらの身分証明書を持っていないと落ち着かない生き物なのでしょうか…身分証明書保持への欲求って、みんなそんなに強いものなんでしょうか。よくわかりませんが…。
2008年01月02日
CM、不祥事・事件の多い業界はほのぼの路線から撤退してほしい。
<08年テレビCM>急成長!新垣結衣 オグシオにも注目
2008年のテレビCMの動向分析の記事、「表現がやりすぎ」「いじめにつながる」といった視聴者からのクレームが増え、制作現場の苦労が耐えなかったとの裏話があったようですが。
今後のテレビCMについて、一視聴者として思うのは「あんまり実態とかけ離れた、ほのぼのタッチのコマーシャル」は止めて欲しいですよね。
イメージアップのためにやるのがCMなんでしょうけど、現実として、ちょっと度が過ぎている業界があるじゃないですか。
生保のコマーシャルなんて、お年寄りや子供、赤ちゃんとか家族でほのぼの、家族の未来と幸せを守るためにそっとそばにいます…といった感じの、某大手生保のCMとかは、現実で騒がれている保険金不払い・未払い問題でどれだけ多くの家族が、この年の瀬も苦しんでいるかを想像すると、なんかブラックジョークみたいで白々として、見ていられませんでしたけど。
外資系の生保で、病気や高齢でも入れることを前面に出していながら、細かい条件がいっぱいついていているCMも、広告画面の下の見えないくらいの小さい但し書きが、うーんイヤらしいなぁ…と思いましたね。
個人的には、あの細かい但し書きの字を画面いっぱいに大きくするように、公取が指導を入れるべきだと思うんですが。
郵便局の年賀状のコマーシャルも、そりゃそれだけを抜き取って見ればCMの作りのタッチはいいけど、現場の郵便局員がさばく年賀状枚数のノルマの過酷さなどが話題になっている昨今、正月過ぎてからもCMを流しているのを見ると、なんだかねぇ。
そこまでやるくらいだったら、最初から刷る枚数をもっと減らしたらいいのに、とかコマーシャルみながら、いろいろ考えてしまいます。
他にもいろいろありますが、不祥事が多かったり社会的に問題となっている業界なのに、そういった業界のテレビCMが自粛の気配すらなく、ガンガンと流す風潮そのものを、もうちょっと考えてほしいと思うのですが。
しかし残念ながら、テレビ局が自粛するのは、ま、英会話学校や人材派遣のCMみたいに、なにかしら事件化してからだろうなぁ、やっぱり…。
2007年12月27日
自転車事故が年間二千件以上なのに、あまりにノンキな対応では?
幼児は1人、傘の固定危険=自転車安全対策で教則改正へ-30年ぶり・警察庁
自転車事故は、やはり被害イメージが自動車に比べて軽いためか、後手に回るのはなんとなくわからないでもないですが、それにしても30年ぶりはないんじゃないか…と思います。
死亡事故も、昨年4件起きているとのことで。
民主党が九州の散弾銃事件を契機に銃規制改正法案を出すそうですが、こっちだって目立たないながらも、年間4人も亡くなられているわけじゃないですか。
それにしては、なんだかユルユルの改正にとどまっていますよね…しかも「マナー」の話ですからね。
自転車に乗せる幼児は一人までって、当たり前のような気もしますが、そういえば見かけることが珍しくないですよね…小さい子供を二人乗せて、歩行者の間をチリンチリンとベルを鳴らしながらすりぬけるように、歩道を自転車で走っているお母さん。
このお母さんの「ママチャリ」が歩道を走るのが一番危険で、事故につながりそうな気がしますけどね…ルールに一番関心が乏しそうなのが、この「ママチャリ」を操る層のような気がしますが、そこに対する規制も、どうも記事を読む限りでは、例外が多そうです。
罰則も緩そうですし、30年ぶりの改正といってもこの程度なのか、という感がしてなりません。
「ママチャリ」はどうしても「走る凶器」という自覚が薄くなってしまいがちですから、罰則を強めないと、改正ルールもなかなか浸透しないのではないでしょうか。
それにこの改正された教則、記事を読む限りでは、どうも実効性が薄そうですよね…特に子供のヘルメット着用を「努力義務」にしたら、おそらく誰も守りませんよ。
子供が嫌がるし、親だってちょっとそこまで気分で子供を自転車に乗っけて走るんですから、まずやらないですよね。
特に夏場なんかは、暑いしね。
とにかく、改正後も、この改正の意義が問われる局面が、自転車事故の発生の増減にともなって出てくるでしょうから、今度は30年も待たずに、必要なときはパッと、現実に即した適正な改正を行ってほしいものです。
2007年12月11日
ケータイの「フィルタリング」、なぜ「強制」じゃなくて「原則」?
未成年者は「フィルタリング」原則加入…携帯大手など4社
未成年者の利用者が、出会い系サイトなどの有害サイトに原則接続できなくする「フィルタリング(選別)サービス」、携帯大手が足並みそろえるそうで。
以前も当ブログの記事で、未成年へのフィルタリングサービスは強制付与にしたらよいのに…、と書いたりしましたが、それにしても総務省の対応が、こんなに早いとは思いませんでした。
もっと私権の侵害だなんだという議論を通じて、時間がかかるんだろう…と個人的には思っていたので、これはグッジョブ!だと思います。
既存の未成年ユーザにも対応するようで、ますます結構なことですが、ひとつ不思議なのは、なぜに「強制化」せずに「原則」にとどめたかですねぇ。
いったいどういう場合を「例外」として、未成年者がもつ携帯にフィルタリング(選別)サービスを適用しないのだろうか、ということです。
「例外」として許容されるケースがあるとしたら、どういった場合になるんでしょうか?
親が有害サイトでもなんでも子供には見せたい、とでも主張した場合でしょうか。
そういう親は存在しない、と言い切る自信もないのが、また怖いところですが…
「実質ほぼ強制」で各キャリアが現場の運用オペレーションを運んでくれればいいんでしょうけど、逆にいえば、販売店などが売上を優先するために親の顔色を見て、親がNOといったということで、「フィルタリング」の適用をしないケータイをあっさり渡してしまうようであれば、規定としてザルになっちゃう恐れも、多少あるように思います。
なので、いずれ細かいニュースも出てくると思いますが、趣旨が有害サイト規制ならば、「原則」にとどめた理由を知りたいものですね。
もっとも、フィルタをかけられる未成年にとって「有害なサイト」かどうかを、誰がどう判断するのか、といったところの基準も、おそらくはあいまいなまま実際は走るんでしょうから、お役所として万一のときの逃げ道を残しておいたのかも?しれません。
でも、仮に有害サイト業者から強制排除がやりすぎとして訴えられたにせよ、裁判では業者の敗色濃厚だと思う話なんで(自分のサイトが有害サイトではない、という立証が必要でしょうからね)、そんなに気にしなくてもいいような気もしますが…。
判断がはやくてニュースとしてはよいと思う一方、そこのところが、多少疑問として残りました。
2007年12月03日
内部告発が必ず起きる前提で、飲食業の経営をするべき時代。
<ローソン>期限切れの食材をおでんに 大阪市内の1店舗
ローソンそしてマクドナルドと、消費期限切れ食品・食材問題が相変わらずメディアをにぎわし続けています。
今回のローソンのおでんは、内部告発によるものだそうですが。
マクドナルドも、そうでしたっけ?
ただ、ローソンやマクドナルドの今回の件は、いずれも一部FC加盟店の暴走ですよね。
本部はちゃんとやっていたのでしょうから、情報の受け手としては、船場吉兆あたりと一緒にしてはいけないと思います。
報道は企業の看板だけで「マクドナルドが…」「ローソンが…」とやられるわけですから、ツライところでしょうけどね。
マクドナルドの社長が「防ぎようがない」と言ったのは、ある意味ではわかります。
いくら指導したにせよ、自分の利益を考えてオーナーが「あと数日伸ばしても問題ないだろう」と手を染めた段階で、アウトですからね。
今は、内部告発が、大手企業ならではどこもあるであろう「告発窓口の処理部署」に行かずに、そこを飛ばしていきなりお役所やメディアに告発されてしまう時代ですからね。
内部で改善をはかる余地が乏しくて、とにかく最初のスタートからきちきちにきれいにやっておかないと、常にリスクがあるわけです。
そこまで身ぎれいな飲食業者は、今の日本にどれくらいあるんでしょうか…。
そういう意味では、経営側としては運営ルールを厳しくすることで不正の続発はなんとか防げても、内部告発の発生こそが、真に防ぎようがないわけで。
告発者も役員・社員・パートアルバイトと、立場を問いませんし。
もう企業経営側としては内部告発が自分のところでも必ず起きるという前提で、法令順守をガチガチに堅苦しくして、利益二の次くらいの気持ちで真面目にやらないと、メディアを通じて世間からつぶされる時代・生き残る保証など何もない時代になっているとすら言えそうです。
しかしそれをやらない企業は、ただひたすら、なんとかしてバレナイように、やりすごすことを優先して考えるでしょうね…そのほうが目先、どうしても低コストですむように見えますから。
過去の不正を今となって止めたくとも、止めたことがきっかけで発覚するリスクや、目先の収益が急減するリスクを考えると、続けるとまずいと思っているにせよ、なかなか踏み切れないでしょう。
きっとそんな、いわゆる「一流」と世間で呼ばれる飲食関連企業が、まだまだいっぱいありそうです。
かくして、今後も老舗・上場企業などの飲食関連の不祥事の発覚が、このあともとめどなく続くんだろうなぁということが、容易に想像できるわけですね。
2007年11月24日
ケータイのフィルタリングサービス、未成年者購入時は強制付与にしては?
子供のケータイ 750万人時代 3人に1人が閲覧制限
ケータイの契約時、3人に1人がフィルタリングサービスを申し込むというということのようですが、残り2人については保護者がその存在を知りながら、申し込んでいないということですね。
有害サイトの子供に与える悪影響、そしてそれに関連する事故・事件などがこれだけ報道されているわけですが、この2人の保護者はそういうことを知らないか、自分の子供は無関係と思っているか、話をきいてもピンときていないか、または知っていてもあえてサービス無しを選択しているか、そのどれかということになりますか。
個人的には、未成年のために購入することがはっきりしている場合は、フィルタリングサービスは強制付与にしてもいいんじゃないかと思うんですけど。
除去されるのは「有害サイト」で、未成年にとってそれこそ有害なんですから、酒やタバコの禁止とほぼ同レベルだと思うんですけどね…。
選択性にして、未成年者に見られるようにしておけることを合理化する理由が、よくわかりません。
未成年へのサービス付与を全面禁止にしてしまっても、やはり私権の制限などにひっかかってしまうのでしょうか?
でも、オフィシャルには「発育途上」の未成年だし、フィルタリング一律強制で別に問題はないように思えてなりませんが。
これまでの購入者が問題になりますけど、ケータイ各社がフィルタリングサービスを後からの追加を無償でいつでも受け付ける、とでもするしか方法がないでしょうね。
結局、そこまでしても名義を代えて購入するとか抜け道はあるわけですが、3人に1人を、3人に2人の水準まで引き上げるくらいの効果は期待できるんじゃないでしょうか。
できるところから急いでやっていったほうがよいと思うのですが、国会でこういう問題ももっとクローズアップして、議論を盛り上げてほしいものです。
2007年11月16日
情報の流出経緯が、発表されないのはナゼ?
<NHKエンタープライズ>秋篠宮ご夫妻の資料がネット流出
また情報流出か…と思わざるを得ませんが、NHKから秋篠宮ご夫妻の式典出席日程などの内部資料が流出したそうで。
でも今回はウィニーとかファイル交換ソフトによるものではなさそうな…Googleで検索できるようになっていた、と記事にはありますが。
流出の事実だけ発表があって、流出元の特定と原因が発表されてないのはナゼなのでしょうか?
まだ調査中ということでしょうか…それとも皇族が関係している事件ですし、すぐに発表できない別の理由があって、発表に時間がかかっているのかもしれませんねぇ。
記事を読む限りでは素のままで流れた気配ですし、皇族の日程表とかでも、ファイル暗号化のような面倒なことはせずに現場の担当者でそのまま手渡しでホイホイと流通しているのが実態ということなんでしょう。
こういう事故のときに、せめて「データは暗号化してあったので実害はない」とかの付帯コメントを記事内に発見したいのですが、これまで一度も、そういうコメントを目にしたことはないですね。
簡易パスワードをかけてあった、というのがせいぜいで。
もう、国家の情報漏えいの問題については、国防からお役所に至るまで、現場担当者のセキュリティ意識に期待するのは無理なんじゃないの?と、ほぼ個人的には結論が出ちゃってます。
国家機密的なものに関わっている自覚も薄そうで、実際に情報流出が起きるまでピンとこない人たちが、どうにも多すぎますよね。
PCのハードとソフトを機能強化して、公務員その他にそれを有無をいわさず使用させる、そして不使用時と情報流出時の罰則強化。
この二本立ての整備を急ぐしか、現実的解決策はないような気がしてきました。
だからメーカやソフト開発企業には、現在のものよりもっとすごく使いやすい暗号化ソフトを開発してもらったり、ハードウェアの本人認証機能を強化してもらうしかないですよね。
もうこういうニュースを読む側の神経が「あ、またか」という感じでマヒしつつありますんで、流出情報を悪用されるような手痛い事件が起こる前に、罰則強化と製品開発を急いでほしいものですけどねぇ。
2007年11月14日
認知症ドライバー問題、被害なく目立たずとも、いまから対策を急ぐべき。
認知症の79歳男性 東北道50キロ逆走
認知症のドライバーによる道路の逆走、高齢化が進むなかで、これまで以上に社会的問題としてクローズアップされてくると思うのですが。
それにしても、この問題は難しいですよね。
認知症を発症したからといって、一概に免許取り上げともいかない問題でしょうから。
都心部ならば運転させない、という方法もありでしょうが、田舎暮らしで、しかも冬場で雪に埋もれるような場所だと、街へ買い物にでるにせよ、一人暮らしなどでしかも、自分の車しか交通手段がないお年寄りも多いでしょうからね…。
そういう環境にいる高齢者は、車を取り上げられると、生活面でもう、どうしようもなくなってしまうでしょうから。
ところで認知症ドライバーの問題、海外ではどう対処しているんでしょうか…。
海外で有効な対策を実施している国があるなら、そういう事例も参考にしながら、複合的に対策を実験して、検証を重ねていくしかないんでしょうね。
当面は、やはりかねてから行われているような、標識とか警報・警告板設置対策とかを進めていくしかないんでしょうけれども。
一定の高年齢に達した場合や、明らかに認知症と病院で診断された場合は、警告音がなったりストップしたりする車に「逆走警告」の装置の設置を義務づけるとかいうのはどうでしょうか…自動車メーカは、負担増でさぞ嫌がるでしょうけどね。
なかなか即効性のある対策も無いのでしょうが、事故につながってしまった場合、普通に走っている過失のない事故に巻き込まれる相手方のことを考えると、やはり放置できない問題であることも、また確かです。
目だった事故の件数も少なく大きな問題の陰に隠れがちではありますが、対策を遅らせてはいけない、非常に重要な社会的問題だと思います。
2007年11月13日
教育再生、じゃ校長のチェックと監視は、誰がするの?
教員にもFA制、教育再生会議が素案
教育再生会議の素案が出たとのことで、読む限りでは、地域をまたいで教員に競争原理を導入するという感じでしょうか。
教員にとっては基本的によい方向だと思うんですけど、どうなんだろうと思うのは、校長先生の権限がどうも大幅に強化されそうなことですね…。
ただでさえ権限が強いのに、さらに強化するにあたっては、校長先生がそれだけ教育改革の熱意に燃えているという基本的前提がいると思うんですが、そんな校長先生ばかりでもないでしょうからね、現実は。
いじめ問題の事故が起きたときなどでよくテレビで謝罪会見していますが、そんなときたいがいの校長が「いじめの事実を把握していなかった」とか言ってますよね。
ちょっと、そういった学校の目配りの利かない(あるいは事実を隠している?)校長先生なんかにも等しく権限を強めちゃって大丈夫かいな、と思うのはひとり私だけでもないでしょう。
校長先生自体におかしな所作はないかとか、適切に権限行使をしているという面についての監督は、従来どおり教育委員会なんでしょうか?
そういったところのチェック機能が働きにくいのは、これまでメディアにとりあげられた不祥事やいじめ事件の連発で、すでに証明されているように思うのですが…。
これだけダメ教員が社会的に目立ってきている世の中ですし、先生たちのやる気を刺激するための制度改革、基本的趣旨には賛成ですが、思わぬ抜け道や副作用がでないようよく素案を練っていただいて、精度の高い仕組みに仕上げてほしいものです。
2007年11月11日
NOVAへの一番の仕返しは、独力で英会話がうまくなることだ。
「NOVA生徒の会」発足 受講者救済へ
一部引受先が決まり、外国人講師の雇用にも多少日差しが見えてきているNOVA問題。
やはり分母が一番多い受講者対策をなんとかしなければ、この問題が完全に決着したとは言いがたい雰囲気であります。
ということで、被害者の会がたちあがっていますね。
実際にローンで何十万も受講料を組んだ人には、ローンのサービス未提供に対応する部分はなんとかチャラにしてあげるような仕組みにして、金銭的ダメージが及ばぬようにしたり、また一括して先払いした人に対しては、その分の英会話授業のサービスが提供されるように英会話産業界として配慮してほしい、とは思います。
しかし、法的責任追及は長い時間がかかるでしょうし、この悪徳社長だってそれなりに対策をやってきていたでしょうから、払い込んだ金銭を取り戻すのはやはり現行制度においては、かなり難しいところがあるような気がします。
実際に動き出していることですから、動きを見守りたいとは思いますが、元受講生の皆さんに言いたいのは、「がんばって英会話がうまくなるのが、NOVAへの一番の仕返しになる」ということ。
もし英会話がうまくなったら、払ったお金だってムダにはならなかったことになる。事件がきっかけで、うまくなったことになるわけだから。
それもこうなったら、おカネをかけずうまくなることが大事。
ちまたには無料でもよい教材だって、いっぱいある。
ネットにもよい情報があふれているし、レンタルした洋画DVDだって英語音声で聴けば、リスニングの練習にもなる。道はいくらでもあります。
こういった活動に参加してがんばるのもそれはそれで尊いけれど、そのために消費する時間を考えると、どうするのが本当の意味で自分にとって最善なのか、よく考えてみる必要があるのでは…と思います。
いまさらNOVAの元社長に謝ってもらっても得るものなどないと思うか、いや土下座してもらわねば腹の虫がおさまらんと思うか、の選択ですよね。
いずれにしても、たくさん使うのは「時間」。どう使うかです。
2007年11月09日
混合診療、「医療の公平性維持」の視点で論じられても、素直にうなずけない。
混合診療 現行制度見直し 厚労次官「ない」
混合診療、地裁では禁止の合理的理由が見当たらない、ということでしたが。
患者本人の治療を受けたい権利を、資金面から束縛していくという点では、混合診療を解禁してもしなくても、現実として結果的にほぼ同じだと思うんですよね。
混合診療を認めない現行制度では、一部の例外を除いて、保険外診療を受けたら、結局は保険適用分も含めてさかのぼってまるまる全額負担になるわけですから。
日本医師会のウェブサイトなどをみると「お金のある人とない人との間で医療の不公平が生じる」というのを反対する理由の一端としてあげていますが、それは混合診療が解禁されていない今でも、十分に不公平が生じている部分なので、直接的な反対理由にはならないんじゃないか?と思います。
「国民皆保険」の仕組みを守ることは、個人的には大切だと思います。
財政的にアップアップでヒーヒーいってる日本ですが、その基本線だけは、なんとか維持して欲しい。
保険外の診療が増え、アメリカのように保険会社の顔色をみないと治療も受けられなくなる、結局お金持ちしかまともな医療を受けられなくなる、という懸念は確かにあるとは思いますが、これは健康保険の給付範囲をきちっとコントロールしていくシステムをつくれるか、コントロールできるかという問題だと思うので、混合診療の解禁が直接に引き起こす作用として論じることには、疑問が残ります。
混合診療を導入したとしても、健康保険の給付を適正に行わせる仕組みというものをつくることは可能ではないのか?と思うのですが、どうなんでしょうか。
今でさえ、国民健康保険の保険料を滞納し満足な医療を受けられない人が増えてきているこの日本ですから、「医療をお金の有無で区別するべきではない」という建前を、混合診療を認めない理由のど真ん中にもってこられても、ちょっと説得力が薄いかな…と。
混合診療の導入を、国の医療費負担から個人の負担へのつけかえという目線を中心に論じると、どうしても、この瞬間に治療を必要としている一人の患者の権利を縛ることになってしまう方向にいくので、そこは気をつけたいですよね。
私権の制限が必要になる場合は当然いろいろあるでしょうけど、やはり人命や健康に関わる問題だけは、私権のほうを優先した議論を進めてほしいと思います。
地裁のいう「理由の合理性」、「一人の治療を求める患者の願いを制度・システムとして束縛するほどの合理的な理由」という文脈でもし使っているのなら、そりゃそうだよなぁ…と正直思いました。
2007年11月02日
大臣認定が傷つけられた、という非難は、論点がずれているのでは。
<耐火材性能偽装>国交相がニチアス非難
国交相が、「大臣認定制度を傷つけた」といって建材メーカーを非難していますが、なんとなく問題点がずれているように思いますが。
国交相の「試験方法の見直しを含め、再発防止策を検討していく」というコメントから察するに、試験自体が、落第水準のものをごまかされて通してしまう可能性のあるレベルだと、大臣自ら認めている、いうことなんでしょうか?
大臣認定って、そもそもからして、どの程度の検査水準なんでしょうかね。
だます意図をもって認定を受けようとするなら、かいくぐれるレベルなんでしょうかね?
ニュースを読む限りでは、このニチアスという建材メーカーが、性能評価試験をまだ受けていない部分を「受けた」と報告して、それを後でとりさげたことにより、今回騒がれているのだと、解釈していたのですが…。
もしこの解釈が正しければ、大臣認定のための試験制度自体には別段問題がないんじゃないか、と思っていましたが、それは違うんですかね。
そのあたりの説明も含めて、国交相のコメントとしては、ちょっと言葉足らずのような気がしますが、どうでしょう。
まず、大臣認定制度そのものに欠陥があると考えているのかいないのかについて、ちゃんと説明していただきたいですね。
このメーカーが大臣認定制度をかいくぐるつもりでやったのなら、国交相が言うように確かに「詐欺」レベルかもしれませんが、「大臣認定制度」自体に欠陥がないと信ずるなら、それはそれで、きちんと言うべきではないでしょうか。
自分自身がお墨付きを与える形なのですから、「騙された」的な発言を、省庁のトップがするのは、どうかとも思いますねぇ。
そんなに簡単に「騙される」レベルの試験しかせずにお墨付きを与えているのか、と逆に国民にかんぐられてしまいますから。
ま、いずれにしても「騙された、詐欺だ」と騒ぐコメントを出している暇があったら、「現行の大臣認定制度自体、問題があるのかないのか」について、国交相トップとしてちゃんと見解を出して欲しかったです。
2007年10月31日
ペットフード規制の法律、制定までなんでこんなに時間がかかっているのか。
ペットフードも偽装…使ってないのに「ササミ」「ビーフ」
ペットフード表示偽装報道ですが、ペットフードの表示や原材料を規制する直接的な法律や罰則がない日本では、完全に「氷山の一角」ですよね。
メディアがこの問題を本気で掘り下げたら、おそらく100円ショップや量販店で売っているペットフード業者は、ほとんど全滅状態になると思うんですけど。
食品の原材料と虚偽表示については、人間世界ですらこれだけいろいろな問題が出ているんですから、はっきりいって規制の無いペットフードで性善説にたっていては、とてもダメでしょう。
このメーカーもたしか、ずいぶんテレビCM流してましたよね。
ということはテレビCM代にお金が回っている分、こういった原材料費その他が削られている面もあるんでしょう。
逆説的に、テレビCMを多くうっている国内のペットフード製造者には気をつけたほうがいいかもしれませんね。
それにしても、このペットフード規制の法律、制定までになんでこんなにまで、時間がかかっているんでしょうか?
そちらのほうが、よほど不思議なんですけどね。
だって、ペットフードの原材料がいかにひどいものが使われていたり虚偽表示だらけかっていう問題は、もう5年以上前から騒がれている話題ですよね。
この数年間、業界も含めて、いったい何をやっていたんでしょうか?
人間世界で制定するべき法律が列をなしているので、ペットは後回しという面もあるのでしょうか?
実害が少ないということで、後回しにされている部分は確かにあると思います。
なぜなら、本当に自分のペットを愛している人は、これくらいの情報は最初からもっていて、スーパーのディスカウントされたペットフードなどには、決して近づかないからです。
規制の厳しい欧米メーカのペットフードを吟味したうえで、同じものを使い続けているはず。
だからペットを自分の家族として考えているひとにとっては、実害が発生しないので、問題が大きくなりにくいという構造もあるような気がします。
いったい本格的法律の制定がいつになるかはわかりませんが、不当表示をしている業者は、たぶん法と罰則ができるまでは、こりずに同じことを続けるような気がします。
本当に自分のペットが大切な人は、量販店などで安売りされているペットフードにははじめから近づかないことが、唯一の自衛策ですね。
そうすればこういうペットの天敵みたいなペットフードメーカーはみんな、売上減でいずれ自然と淘汰されていくことでしょう。
2007年10月29日
奨学金の回収、いっそ全部、民間の債権回収会社に委託したらどうなのか。
奨学金予算削減へ 回収不能2000億円/遊興費に転用増え…
奨学金の回収不能となった債権総額、平成18年度には2000億円を突破するそうで。
にもかかわらず、シレッと予算増額だけを求める文部科学省もなんですが、保証制度とリンクさせて取りはぐれをなくせば問題解決、という財務省も、発想の小手先加減がすごいですね。
かなりのケースが学費ではなくて、遊興費に使われている実態まで把握しているんなら、一歩進めてもっと回収に全力をあげる方法論でも、示したらどうなんでしょうか。
といっても、お役所に出来る業ではナシ、やはり民間の債権回収会社とか消費者金融の回収部門とかに全面委託して、回収させたらどうでしょうね。
この際、体裁は構っていられないでしょう。
回りまわってみんな、国民の税金ですからね。
このまま性善説を信じていたら、2000億円はまるまる戻ってこなさそうですし、費用を何割かとられても、これは絶対に、回収をはかるべきでしょう。
そうでないと制度そのものが成り立たなくなるので、後から入学する真面目な学生が完全にワリを食ってしまって、あまりにカワイソすぎます。
審査を厳しくするのももちろん並行してやるべきでしょうが、借りてしまえば回収が緩い、という社会的イメージをまずなんとかしないと、穴のあいた風呂桶に、水を流し込んでいるようなものです。
ついでに、優秀な成績で最後まで在籍してみごと卒業した奨学生の返還免除制度は、今は大学院生が対象のようですが、大学まで広げてもっと拡充するべきだと思いますよ。
真面目に勉強した学生については、卒業するときに教育ローン漬けを多少負担軽減してあげるくらいのご褒美は、あってもいいと思うんですけど。
回収を一生懸命やったら、このあたりの制度も、うまく立て直す余地がでてくるでしょう。
お役所には、ホントもう少し発想を、のびのびと広げて対策を考えていってほしいですよね。
2007年10月17日
「携帯電波が原因か」という見出しのつけかたは、安易ではないか。
<全日空機>長崎空港で無線不通に 携帯電波が原因か
携帯電話の電波が原因かもしれない、ということで全日空便が無線が使えなくなったために空港に引き返したという話ですが。
時事通信の一報記事では、「空港は否定」となっていますね。
時事通信の記事が午後8時、そしてこの記事がその1時間後の配信ですから、もう少し追加取材を深めるなりして、情報を厚くしてほしいものですが…。
「空港が因果関係を否定」するのと「携帯電波が原因か」では、ずいぶん主犯かどうかの可能性が、違ってきますからね。
後者の書き方だと、もう80%くらい、携帯電話のせいだと言わんばかりのように見えるのですが。
それに、なんだか一人の乗客の携帯電話の電源のせいみたいな記事ですが、本当なんですかね…。
もう一人や二人くらい、機内で電源を切り忘れた人が普通はいるでしょうから、ひょっとしたら複合要因かもしれませんし。
重大な事故につながる可能性をもった事件の記事につける見出しとしては、「原因か」というのは、ホントにそう推定できるから使っているんじゃないかと思うのですが。
だったら、他社の記事とは言え、空港の携帯電波関与否定を見出しをうっている記事がある以上、それについての反証なりを、記事に添えてほしいですね。
携帯の電源を切ることをまだ軽く考える風潮、はっきりいって、まだまだあるじゃないですか。
だからこのような事件で、携帯の電源がホントに主犯なのかどうかに、高い関心を持っている人も、少なからずいると思うんですよね。
速報ニュースとはいえ、そういう視点に配慮した記事のつくりにして欲しかったですし、「…か」と断定さえ避けておけば、責任を逃れられるかのような思惑が透けてみえて、ちょっとイージーかなと思いました。
2007年10月08日
若い人たちの介護参加が進むような制度設計に、政府も本腰を入れるべきだ。
介護を変える“孫力”…「しがらみ少なく冷静になれる」
「老老介護」という問題が大きくたちはだかる中、一世代とび超えて孫が祖父母の介護をするという側面にスポットライトをあてた記事で、興味深く読みました。
メリットとデメリットはやはりそれなりにありそうですが、一番メリットだなと思ったのは、高齢化が進む中で長い年月にわたって、持続的介護ができるということ。
やはり、介護する側が、一世代飛びこして「若い」ということこそが、なんといっても一番強力なメリットになるのではないでしょうか。
長い間介護をすることによって、介護される側と同じ時間を共有することも長くなり、結果としてレベルの高い実践的な介護ノウハウも身についてくるでしょうし、やりようによっては自分の家族だけではなくて、地域社会での介護にも高い貢献ができる逸材となる可能性を、秘めているんじゃないかと思います。
一方でデメリットかな、と思うのは、祖父母の介護を終えた頃に、今度は実父母の介護、が時間的に迫ってくることから、ものすごく長期間になってしまう可能性もあること。
いくら家族とはいえ、あまりにも過多な負担が長期間に続くとなると、果たして気持ちが切れずにできる若者が、どれくらいいるのだろうと思ってしまいます。
他にも、そもそもこういう祖父母を大切にする孫の絶対数そのものがどれくらい日本にいるのか、一定の方策によってこういった風潮を広げていくことがそもそも可能なのか、相続面で遺言などで孫の貢献を認める祖父母があらわれた場合、飛び越された実父母との間で確執が起きる心配はないのか、といった点なども、気になりましたが。
いずれにせよ、デメリットを吹き飛ばすメリットの萌芽が、ここにはあるように感じました。
政策面で、こういう動きをしっかり調査して、若い人たちの介護への関心がもっと高まるよう、ひいては地域の介護事業への参加が進むよう、各種の支援や特例措置も敷くなどして、若い人の参加への意欲を促進するようなものを、ぜひ検討して欲しいものです。
介護に関連する政策は、予算を削る方向ばかりという印象もはた目には強いので(実態は違うかもしれませんが)、支援に値する部分には、いずれにせよメリハリをつけて、きちんと予算をあててほしいものだと思います。
2007年10月07日
デマを止めるには、メディアによる影響力を最大限活用するしかないのでは。
不安送信デマメール 母親の間で出回る 仙台圏
デマメールそのものはネットを通じて拡散するものだし、これを同じネットの力で、反対方向から止めるのは、難しいような気もします。
「転送する前に正しい情報かどうかを確認」するのは当然ですが、考えてみると、そういう行動が冷静にできる人ばかりなら、そもそもデマというものが広がらないし、こんなニュースも出てこないでしょうから。
やっぱり、一次情報ですぐ行動を起こしてしまう人をなんとかしなくてはならないというか、そのような人たちに出来るだけ早く、正確な情報を伝えるのが最善ではないかと思います。
そうなると、現実的には新聞・テレビなどの既存メディアへできるだけはやく、正確な情報をのせて、それを口コミで伝えてもらうスピードをあげていくしかないんじゃないのかな、と。
9月からこういうメールが出回り始めて、この報道がでたのが10月初旬ですよね。
9月初旬の段階で、テレビやラジオ、新聞などでメディアの露出をもっと大きく強めておけば、それを見た人の2次的口コミも通じて、被害を抑止する効果もある程度期待できたんじゃないでしょうか。
Aというメールがデマかどうか問題になっているとして、これをBというメールが「あれはデマです」といって止めるのは、無駄な行為ではないにせよ、効果という面で弱いかもしれない。
なぜなら、AとBの情報量と外見上の確からしさで、判断が決まってくるような気がするので。
つまり、Aのほうがより精緻なデマメールで、Bの反証が弱ければ、Aが勝ってしまって結局広まってしまう可能性も否定できない。
否定されるのは相当時間がたって、被害がだいぶでて、情報がかなり蓄積された後になるような気がします。
オレオレ詐欺なんか、今から思うに、初期段階で、もっとその手口と被害実態をメディアで連合キャンペーンでもはって、全国隅々まで広く報道しておけば、被害もここまで広がらなかったんじゃないでしょうか。
だからこういったデマメールを、同じネットの世界でつぶしていこうとすると、時間がかかるので、別の角度からやる。
そうなると、現実的にはメディアに頑張ってもらうしかなくて、初期段階で新たな手口がでたらすぐメディアが雨あられと報道することによって、とにかく周知徹底することが、一番抑止効果がありそうな気がします。
大騒ぎすれば愉快犯をつけあがらせるだけという意見もあるでしょうが、個人的には、被害の拡大を防ぐほうを優先したいですけどね。